かつての要衝を

備後落合駅のかつての様子を語り継ぐため、
元国鉄職員の方々によるイベントが行われた。

「育ててもらった備後落合駅へ恩返しがしたい」と、ボランティアガイドを考えられたそうで、
かつて鉄道の要衝として賑わった頃の備後落合駅について、いろんな興味深いお話を伺うことができた。

備後落合駅が華やかだったのは、戦後から昭和40年代後半頃までで、
総勢100人以上の職員がおり、駅周辺には官舎や宿舎、商店や宿が立ち並ぶ、鉄道員の街があったこと、
駅が木材を運び出す貨物基地になっていたこと、
いつも満席の急行列車が広島から松江・米子、新見へと、何往復も行き来していたこと、
列車が来る度に駅ホームのうどん屋へ、乗客がたくさん集まっていたこと、
冬には木次線三井野原へのスキー客で賑わい、臨時を含めて17往復もの列車があったこと...。
静かな無人駅となってしまった今では想像できないような駅の営みが、かつてここにはあったのだ。

そういえば、この‘落合’というのは地名ではなく、‘3方向からの線路が落ち合う’という意味で付けられた、
駅名でのみ存在する呼称だということは、今更ながら、初めて知った私だった。

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芸備線 備後落合(4枚とも)





by tongpooryk | 2017-07-16 01:06 | 芸備線 | Trackback | Comments(2)

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Commented by mugenjunjun123123 at 2017-07-16 04:02
この落合駅は懐かしいです。

中学生だった頃、この駅でうどんを食べた記憶があります。

たぶん、三井野原スキー場の帰りだったかと...

Commented by tongpooryk at 2017-07-16 10:06
>mugenjunjun123123さん
はじめまして。今後ともどうぞよろしくお願いいたします。
備後落合、私は大学生の頃(平成元年)、まだ有人だった頃に来たのが初めてですが、
その時は駅のホームに売店があり、今や伝説となった「おでんうどん」もまだありました。
昨日のイベントでは、当時の三井野原へのスキー客についても伺いましたが、シーズンにはかなりのスキー客が芸備線に乗車されており、満員で座りきれなかったほどだったとか。。
三井野原折り返しのスキー列車が多々運転されていたというのも、今では想像できないですね。